香川県高松市の司法書士 川井事務所です。
「株券」ときいて、なつかしいと感じる人もいれば、まったく見たこともないという人もいると思います。
30代以下で株券の実物を見たことがあるという人はほとんどいないのではないでしょうか。
旧商法時代は、株式会社は株券を発行することが原則でした。
2006(平成18)年5月1日に会社法が施行されてからは、株券を発行しないことが原則となり、定款で株券を発行する旨を定めた場合に限り、株券を発行することができるようになりました(会社法第214条)。
この定款で株券を発行する旨を定めている株式会社のことを株券発行会社といいます。
会社法が施行されてからずいぶんと経ちますが、中小企業においては、まだ株券を発行する旨の定めを置いている会社をよく見かけます。
株券発行会社であること自体は悪いことではありません。
しかし、株券発行会社の株式のルールがわかっていないと問題になることがあります。
結論としては、株券発行会社の定めは廃止することをおすすめします。
この記事では、株券発行会社の株券不発行、株式譲渡のルール、問題点とその解決策について解説しています。
株券発行会社の株券不発行
父から受け継いだ創業数十年の株式会社を経営している者です。
おつかれさまです。経営者顔には見えてませんでした。
でも、うちは後継者がいないし、会社を売ろうか考え中です。
第三者へのM&Aによる事業承継ってやつですね。
はい。
会社の株式はどうなっていますか?
私が100%保有しています。
父から全部相続しました。
御社の登記情報をみてみましょう。
お願いします。
「発行済株式の総数300株」ですね。
はい。私が300株を保有しています。
あ、「株券を発行する旨の定め」がありますね。
なんですか、それ?
定款で株券を発行する旨を定めているということです。
株券は持っていますか?
見たことないです。
え、やばいですか?
株式に譲渡制限がついている非公開会社は、株主から請求があるまで株券を発行しないことができるとされています。
なんだ。
問題なしですね。
この私に問題があろうはずがありません。
さきほどお父様から株式を相続したと言っていましたね。
お父様がおひとりで創業された会社ですか?
いえ、創業当初は父のほかに共同経営者のPさんがいたと聞いています。
たしか1995年頃にPさんが経営を退くことになって、そのときに株式も父が譲り受けたんじゃなかったかな。
Pさんはその後まもなく亡くなられました。
Pさんは株式を持っていたんですか?
はい。たしか100株持っていたと思いますよ。
私の認識している当社の株主構成は次のとおりです。
それでPさんとお父様との間に100株の株券のやりとりはありましたか?
会社の株券は一度も見たことないですね。
え、やばいですか?
株券発行会社の株式譲渡のルール
株券発行会社の場合、株式の譲渡は、その株式の株券を交付しなければ、効力を生じないんですよ。
交付?
引き渡すことですね。
?!
ってことは?
Pさんとお父様の間の株式の譲渡は無効の可能性がありますね。
やば。
株券発行会社の株式譲渡は株券の交付が必要というルール、ほとんど知られていないんですよね・・・
知りませんでした。
問題点
それで、M&Aのように社外の第三者が関わってきたときに問題が発覚します。
会社の株式の買手が事前に売買の対象会社の問題点を調査・検討することをデューデリジェンスといいますが、そういう大事な場面で判明することになります。
デューデリジェンス!
買手の立場になって考えてもらえればわかると思いますが、大金払って会社を買収した後に隠れていた問題が発覚して損害をこうむるのは避けたいですよね?
絶対にいやです。
なので、売買契約の事前に買手が弁護士さんや会計士さんなどの専門家に依頼して、売買の対象会社の調査をすることになります。
では私が会社の株式を売るってなると、専門家集団がやってくるってことですか?
そうなるでしょうね。
話を整理すると、いまうちの会社の株主構成は次のような状態かもしれないってことですか。
かもしれません。
Pさんの相続人なんてわからないですよ。
これ地味に深刻なんですよ。
今から定款の株券を発行する旨の定めを廃止しましょう。
今から廃止しても、株券発行会社時代の株券交付のない株式譲渡がさかのぼって有効になるわけではありません。
ええ!じゃあどうすれば?
解決策
まずひとつめは、過去の株式譲渡の株券交付をやり直すということが考えられます。
なるほど。
ただし株券交付をやり直したからといって、問題となった株式譲渡がさかのぼって有効なものとなるわけではありません。
なんだ。
それに、当初の株券交付のない株式譲渡から新たに株式交付をやり直すまでの期間は、法律上株主として扱われるべき人、ここではPさんになりますが、株主として扱われてこなかったことになります。
たしかに。
その期間に行われた株主総会決議の有効性や法律上の株主の権利が害されていないかなど、検討しなければなりません。
頭が痛いです。
しかも株券交付のやり直しといっても、Pさんは亡くなっています。
さっきも言ったようにPさんの相続人とも面識はありません。
他に策はないですか?
株主権の時効取得という整理が考えられます。
時効取得!
現在株主とされている人は、株券交付を受けていませんが、長期間、株主としてあつかわれていたことから、株主としての権利の「取得時効」が完成しているという考え方です。
それでいきましょう。
ただし、地裁の判例で株主権の時効取得の余地にふれているにとどまり、これを支持する学説もあるのですが、確立された見解ではない点に注意が必要です。
じゃあ、どうすれば??
あとは、これから事業承継で株式を譲渡するのであれば、株式譲渡契約で特別補償を定めることになるか、あるいは株式譲渡ではなく組織再編による方法を検討するなどが考えられます。
ということは、結論、買手との交渉次第ってことですか。
そうですね。
やはり日ごろから会社のルールは守っておかないといけないんですね。
はい。
会社のルールを守っていなくて、経営の重要な局面で困ることになるというのをよく見ます。
まとめ
- 株式に譲渡制限がついている非公開会社は、株主から請求があるまで株券を発行しないことができる
- 株券発行会社の場合、株式の譲渡は、その株式の株券を交付しなければ、効力を生じない
- 株券を発行する旨の定めを廃止しても、株券発行会社時代の株券交付のない株式譲渡がさかのぼって有効になるわけではありません
- 解決策はあるが、完全に解決することは難しい場合が多い
参考書籍
『中小企業における株式管理の実務』後藤孝典・牧口晴一・野入美和子・日本企業再建研究会(著)|日本加除出版
『中小企業買収の法務』柴田堅太郎(著)| 中央経済社
『M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版)』長島・大野・常松法律事務所(編集)|中央経済社
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