香川県高松市の司法書士 川井事務所です。
スタートアップ投資で、ある一定の投資額を超えてくると種類株式を利用することが一般的になってきました。
たとえば、普通株式に対して「A種優先株式」「A種種類株式」などの名称で発行されることが多いのですが、そういう種類の株式があるわけではなく、それらは単なる名称にすぎません。
たとえ同じ名称でも同じ内容の株式であるとは限らないということです。
今回は種類株式についてその内容と、スタートアップ投資で種類株式を発行する理由について取り上げます。
種類株式とは
事業が成長の兆しを見せています。
しかし、まだまだ利益は出ていません。
今後2年間の事業資金として2億円ほど必要になります。
投資が必要ということですね。
はい。
それで、投資してくれるベンチャーキャピタルが見つかったのですが、優先株式を使って投資すると言われました。
優先株式とは一体何なんですか?
なんで優先とか言ってくるんですか?
こわいです。
そんなわけのわからないことを言ってくるやつの投資なんか受けない方がいい。と言い放った同業者(司法書士)がいたらしいですが、安心してください。
スタートアップ投資において、投資額が1億円を超えてくると優先株式を使うということが一般的になってきています。
そうなんですか。
こっちは不利にならないんですか?
必ずしも投資家だけが有利になるわけではありません。
起業家にとってもメリットはあります。
であれば、かまわない。
ではまず種類株式とは何かというところから見ていきましょう。
種類株式。
会社法では、一定の事項について、権利内容の異なる株式の発行が認められており、それらの株式のことを種類株式といいます。
具体的には次のような内容となります。
種類株式の内容
- 剰余金の配当を受ける権利
- 残余財産の分配を受ける権利
- 株主総会において議決権を行使することができる事項
- 株式の譲渡制限
- 会社に対する株式の取得請求権
- 株主に対する株式の取得条項
- 全部取得条項
- 拒否権
- 役員選任権
9つありますね。
もう気絶しそうです。
これらをすべて使いますか?
これらのうちスタートアップ投資で重要になってくるのは、次の3つです。
2.残余財産の分配を受ける権利
5.会社に対する株式の取得請求権
6.株主に対する株式の取得条項
3つであれば気絶しなくて済むかもしれない。
それで、それぞれどういう内容の株式なんですか?
残余財産の分配を受ける権利とは、会社が解散して会社の財産を清算するときに、銀行や取引先などの債権者に債務を支払った後の残りの財産をどのように株主に分配するかについての権利です。
スタートアップ投資では通常、投資家が普通株式を持っている創業者に先立って優先的に残余財産の分配を受けられる権利のある種類株式を持つことになります。
それはスタートアップ企業がつぶれたときの話ですよね?
スタートアップ企業がうまくいかずに解散するときに財産なんて残っていないんじゃないですか?
そうですね。
実際にスタートアップ企業がつぶれたときにこの残余財産分配権が使われることは、まずありません。
あとでまた説明しますが、この残余財産分配権には別の目的があります。
別の目的。
もったいぶりますね。
でもかまわない。
あとは会社に対する株式の取得請求権と株主に対する株式の取得条項ですね。
どちらも株式の取得の話をしているらしいというのはわかりますが、何が違うんですか?
取得請求権は、金銭や他の種類株式と引換えに、株主が自分の持っている種類株式を会社に取得するよう請求することができる権利です。
わかる気がする。
取得条項とは、一定の事由が生じたことを条件に、会社が株主の持っている種類株式を強制的に取得することができる条項です。
会社は、種類株式を取得する引換えに、株主に金銭や他の種類株式を交付します。
似ているようで、違いますね。
取得請求権は株主から会社に対して株式を取得するように請求することができ、取得条項は会社が株主から強制的に株式を取得することができる、ということですね。
なぜこのような内容の株式を使うのですか?
会社の事業が順調に成長し、いよいよ株式上場するとなった場合に、優先株式を普通株式に転換するためです。
一般的に上場株式は普通株式です。
たしかに、株式市場で取引されている株式は普通株式のイメージです。
スタートアップ投資で種類株式を発行する理由
ところで、そもそもスタートアップ投資ではなぜこのような優先株式が使われるのでしょうか?
優先株式が使われる理由について考える前に、投資家が会社に出資する目的を確認しておく必要があります。
投資家が会社に出資する目的。
投資家が会社に出資する引換えに会社の株式を受け取ります。
つまり投資家は株式を買ったわけです。
そうかもしれない。
そして買ったときの株価よりも高い株価で株式を売ることにより利益を得ることが投資家の目的です。
この株式の売却益のことをなんていうんでしたっけ?
キャピタルゲイン。
ぜったいにほしいといっていいかもしれない。
投資家が株式を売却することができる場面は主に2つです。
- 株式上場
- M&Aによる会社の売却
株式上場することにより、株式の譲渡制限がなくなり、株式市場で株式を売却することができるようになります。
これで投資家はキャピタルゲインを得ることができます。
ぜったいにキャピタルゲインがほしいです。
もうひとつは、M&Aによる会社の売却です。
M&Aは企業の合併や買収のことをいいます。ここでは主に買収のことを指しています。
つまり、会社の株式を上場企業や大企業に売ってキャピタルゲインを得るということです。
とにかく投資家の目的は株式を安く買って高く売ることで、株式を売るチャンスは主に株式上場のときと、M&Aによる株式売却のときなんだということは理解しました。
それで、スタートアップ投資でなぜ優先株式が使われるのかという本題に戻りますが。
そうでした。
問題はM&Aによる株式の売却のときの話です。
もし高いバリュエーションで株式を売却できれば経営者側も投資家もハッピーで問題はありません。
バリュエーションというのは、企業価値評価のことです。
ここでは大まかに企業の株価を評価することだと思ってもらえればいいでしょう。
バリュエーションが高ければハッピーにちがいない。
ところが想定よりも低いバリュエーションで株式を売却しなければならない状況になったときに、普通株式では問題が生じます。
どんな問題ですか?
では具体例でみていきましょう。
事例
前提
- 創業者が資本金100万円で会社設立
- 投資家が投資直前の企業価値を16億円と評価し4億円を出資して「普通株式」20%を取得
- 投資直後の企業価値は20億円となる
このケースにおいて会社が20億円で売却することになった場合、売却額の分配はどうなるでしょうか?
創業者が株式80%持っているので、創業者には16億円。
投資家が株式20%持っているので、投資家には4億円が分配されるんじゃないですか?
そのとおりです。
創業者は100万円出資したものが16億円になって返ってきますが、投資家は4億円出資して4億円返ってきても、儲けがありません。
投資家としては、20億円以上で売却する必要がありますね。
20億円ならまだいいですが、10億円でしか売れないとなった場合どうでしょうか?
創業者が株式80%持っているので、創業者には8億円。
投資家が株式20%持っているので、投資家には2億円が分配されることになりますね。
創業者は100万円出資したものが8億円になって返ってきますが、投資家は4億円出資して2億円返ってくるわけですから2億円の損失を出すことになります。
でも、どちらの場合も経営者は儲かりますね。
経営者としてはぜったいに普通株式が有利だと思います。
普通株式でいきましょう。
しかし、そううまくはいかないのです。
だと思った。
ベンチャーキャピタルなどのプロの投資家が投資をするときは、投資家との契約の中で事前承諾事項というものがあります。
その事前承諾事項に、創業者だけでM&Aを決定することができないことが定められていることが一般的です。
創業者が株式を80%持っていても、創業者の意思だけでM&Aを決定することができないということですか?
はい。
つまり投資家にとって利益とならない、あるいは利益の少ない取引に承諾することはないでしょう。
そうかもしれない。
ではどうすれば。
そこで登場するのが優先株式です。
だと思った。
では、投資家が4億円を投資したときの株式が、残余財産の優先分配権が付いた優先株式だった場合を考えてみます。
事例
前提
- 創業者が資本金100万円で会社設立
- 投資家が投資直前の企業価値を16億円と評価し4億円を出資して残余財産の優先分配権が付いた「優先株式」20%を取得
- 投資直後の企業価値は20億円となる
この残余財産の優先分配権のルールは、会社を解散して清算するときのためのものでしたね?
さきほどそんな話を聞いた気がします。
でも別の目的があるともったいぶっていたこともうっすら思い出してきました。
この残余財産の優先分配権のルールをM&Aによる会社の売却の場合にも適用するための規定がいわゆる「みなし清算条項」といわれるものです。
なんですか、いきなり。
みなし清算条項ってなんですか。
みなし清算条項は、通常、投資家から出資を受ける際の株主間契約に定められることになります。
M&Aによる会社売却の対価を残余財産とみなして、会社清算のときの残余財産の分配ルールに則って、売却対価を各株主に分配する旨を定める条項をいいます。
さっきもったいぶっていた残余財産の優先分配権をつける目的がこれだったというわけですか。
ようやく話がつながってきたのかもしれない。
さきほどの10億円でしか売れなかった事例に戻って考えてみましょう。
この残余財産優先分配額が1倍であれば、まず優先株式に4億円が分配されます。
出資した4億円の1倍の4億円が優先的に分配される。
残った6億円の分配方法ですが、大きく分けて「参加型」と「非参加型」という2つの方法があります。
今のところ日本では参加型が多いので、今回は参加型を説明します。
それでかまわない。
参加型の場合は、優先分配された後の残額を株式の持株比率で分配します。
つまり、この事例でいうと、残りの6億円を普通株式80%、優先株式20%の割合で分配します。
普通株式を持つ創業者には4.8億円、優先株式を持つ投資家には1.2億円が分配されます。投資家には優先配当された4億円とあわせて5.2億円が分配されることになります。
創業者は100万円出資したものが4.8億円になって返ってきて、投資家は4億円出資して5.2億円返ってくるわけですね。
そのとおりです。創業者も投資家もいちおう利益は出ることになります。
また、投資家としては同じ4億円を出資するのでも優先株式であれば、低い持株比率で投資することができますが、普通株式であれば低いバリュエーションで売却することになったときのリスクを考え、高い持株比率を確保する必要が生じます。
そうすると創業者の持株比率が下がるというわけですね。
つまり、優先株式の発行は、投資家だけでなく創業者にもメリットがあると。
そういうことです。
わかってきた気がする。
参考書籍
『増補改訂版 起業のエクイティ・ファイナンス』磯崎哲也(著)|ダイヤモンド社
『起業のファイナンス増補改訂版』磯崎哲也(著)|日本実業出版社
『スタートアップ投資契約――モデル契約と解説』宍戸善一、ベンチャー・ロー・フォーラム(VLF)(編集)|商事法務
『ベンチャー企業の法務AtoZ』後藤勝也・林賢治・雨宮美季・増渕勇一郎・池田宣大・長尾卓(編集)|中央経済社
このブログを執筆する様子をお届けする動画
当事務所のご案内
— どうぞお気軽にご相談ください。—