香川県高松市の司法書士 川井事務所です。
株式会社が資金調達する方法のひとつとして投資家から出資を受けて株式を発行するというものがあります。
いわゆる増資するということです。
今回はスタートアップがエンジェル投資家から出資を受けるというシーンを想定して、新株発行の手続きの流れや登記に必要な書類について取り上げます。
新株発行の手続きの流れ

エンジェル投資家から出資を受けることになりました。
投資家Aさんが300万円、投資家Bさんが200万円出資してくれます。



それはよかったですね。



それで新株を発行したいのですが、どういう手続きになるのでしょうか?



わかりました。
では株式会社の新株発行の手続きについてみていきましょう。



お願いします。



現在の会社の状況をみてみましょう。
会社の登記簿をみせてください。



会社の登記簿はこうなっています。





発行可能株式総数が10万株で、発行済株式の総数が1万株ですね。
残り9万株を発行することができる枠がありますね。



そうです。
それが会社を設立した当初の株式です。
私がその株式1万株をすべてを持っています。
取締役は今のところ私ひとりです。
取締役会はありません。



今回出資を受ける金額はAさんから300万円、Bさんから200万円、合計500万円ですね。
株式は何株発行しますか?



500株を考えています。
Aさんに300株、Bさんに200株です。
1株1万円ということです。



わかりました。
今回は会社外部の投資家に株式を割り当てることになりますので、いわゆる第三者割当てという方法で株式を発行します。
第三者割当増資ともいいます。



第三者割当増資。



原則的な手続きの流れとしては次にようになります。
申込割当てによる方法の流れ
※払込期日または払込期間初日の前日までに申込者に対して割当通知する必要あり



原則としてはこのような流れですが、総数引受契約による方法だと③から⑥の手続きを省略することができます。



総数引受契約とは何ですか?



発行される株式を引き受けようとする人がその総数の引受けを行う契約のことを総数引受契約といいます。
総数引受契約方式の場合の手続きの流れは次のようになります。
総数引受契約による方法の流れ



さきほどよりすっきりしていますね。



申込割当ての方法だと、払込期日または払込期間初日の前日までに申込者に対して割当通知をする必要があり、つまり手続き全体で最低2日かかることになります。



たしかに。



それに対して総数引受契約方式だと、最短1日で手続きをすることができます。
実務上は総数引受契約による方法が多いですね。



総数引受契約の方がわかりやすそうです。



では、総数引受契約方式で手続きをするものとして詳細をみていきましょう。
募集事項の決定



まずは株主総会で募集事項の決定をします。



募集事項って何ですか?



募集事項とは、今回どのような株式を、何株、どのような条件で発行するかという内容のことです。
具体的には次のとおりです。
金銭出資の場合です。
募集事項
- 募集株式の数
- 募集株式の払込金額
- 払込期日または払込期間
- 増加する資本金および資本準備金に関する事項



また、必須ではないですが、割当方法を決議することが一般的です。



今回の場合、500万円の出資を受けて新株を500株発行するので、募集株式の数は500株、募集株式の払込金額は500万円ということでしょうか?



募集株式の数は500株で合っています。
募集株式の払込金額とは、会社法で1株と引換えに払い込む金銭の額と定義されていますので、今回の場合、1万円ということになります。



なるほど。
払込期日または払込期間とあるのは、どちらがよいでしょうか?



払込期日はその期日に出資金を会社に払い込むことで出資者が株主になる日です。
たとえば、払込期日前に会社に振り込まれた出資金は申込証拠金という預り金に過ぎず払込期日になるまで使うことができません。



そうなんだ。



それに対して、払込期間としておけば、期間内に会社に振り込まれた出資金をすぐに会社資金として使うことができます。
出資者は払い込んだ日に株主になります。
払込期間を定めることをおすすめします。
特に一度の募集で複数の出資者がいる場合などは払込期間としておくのがよいでしょう。



払込期間にします。
増加する資本金及び資本準備金に関する事項とは何ですか?
難しそうなことばが並んでいて震えているんですけど。



会社が出資を受けて新株を発行したときは、その出資金は貸借対照表の資本金という科目に計上されることになります。
ただし、出資金の2分の1まで資本金に計上せずに資本準備金に計上することができます。



資本金に計上せずに資本準備金に計上するメリットはありますか?



詳しいことは省略しますが、資本金が1000万円や1億円を超えてくると税額に影響してきます。
税額が上がるという意味です。
また、今回の出資により募集株式の発行の登記を申請することになりますが、その申請にかかる登録免許税にも影響します。
登録免許税の税率が増加する資本金の額の0.7%になります。一般的には出資金の2分の1を資本準備金に計上することが多いです。



出資金の2分の1を資本準備金にします。
割当方法はどうなりますか?



今回は投資家2人に対して割当て、総数引受契約によって行うということになります。



わかりました。
募集事項をまとめるとこんな感じでしょうか。
募集事項
募集株式の数 500株
募集株式の払込金額 1株につき1万円
払込期間 令和4年8月20日から令和4年8月31日まで
増加する資本金および資本準備金に関する事項
増加する資本金 1株につき5,000円
増加する資本準備金 1株につき5,000円
割当方法
新株を次の者に割り当て、総数引受契約によって行う。
A 300株 B 200株



そうですね。
これでいいと思います。
総数引受契約と株主総会による契約の承認



総数引受契約は投資家AさんとBさん連名の1つの契約書にしないといけないでしょうか?
1つの契約書をAさんとBさんにサインをもらうために回していくのは手間がかかります。



1つの契約にAさんBさん連名でもいいですし、AさんBさん個別に2つの契約でもかまいません。
また、たとえば、Aさんとの契約書にBさんの名前と引受株式数が記載されていなくてもかまいません。
ただし、契約書に次のような記載が必要です。
総数引受契約書の内容
- 各契約書にそれぞれ引受人が発行会社との間で引受契約を締結する旨の記載がある
- 各契約書に「他の引受人とともにその総数を引き受ける」との記載がある



それが総数引受契約書。



総数引受契約書は取締役会のない会社の場合、株主総会で承認する必要があります。
通常は募集事項の決定と同時に総数引受契約の承認も行います。



よくわかりました。
出資金の払込み



株式引受人は、募集事項に定めた払込時期にまたは払込期間内に、会社の指定する口座に出資金を払い込む必要があります。
つまり今回の場合、投資家AさんとBさんは払込期間内にAさんは300万円、Bさんは200万円を会社の口座に振り込む必要があります。



なるほど。



振込手数料は投資家負担で振り込んでもらうようにしてください。
振込手数料が引かれてしまうと出資金が足りなくなってしまいます。



そんなことあるんですね。



ありえますので注意しましょう。
新株発行(増資)の登記



会社が出資を受けて株式を発行したときは、その内容を登記する必要があります。
具体的にいうと発行済株式の総数と資本金の額を変更する登記をすることになります。
今一度、現在の登記簿をみてみましょう。





この登記簿の内容が変更になるわけですね。



はい。登記を申請することで、次のような登記簿になります。





株式を500株発行して、出資金500万円のうち2分の1にあたる250万円を資本金に計上した後の登記簿ということですね。
登記を申請するためにどのような書類が必要になりますか?



今回のケースで登記に必要となる書類は次のとおりです。
登記に必要な書類
- 登記申請書
- 株主総会議事録
- 総数引受契約書
- 払込みがあったことを証する書面
- 資本金計上証明書
- 株主リスト
- 委任状(司法書士に依頼する場合)



株主総会で募集事項を決めて、総数引受契約を承認したので株主総会議事録と総数引受契約書が必要になるのはわかります。
払込みがあったことを証する書面とはどんな書類ですか?



出資金の払込みがあった口座の銀行名・支店名・預金種別・口座番号・口座名義人・出資金の入金が記録されているページの通帳写しと代表者が払込みがあったことを証明する内容の書類を綴じ合わせたものが払込みがあったことを証する書面です。



資本金計上証明書とはどんな書類ですか?



出資金のうちいくら資本金や資本準備金に計上されたかを証明する書類です。



株主リストとはどんな書類ですか?



会社の主要な株主の氏名・住所・株式数などを証明する書面のことです。
株主総会に出席した株主に限らず、決議事項について議決権を行使することができたすべての株主の中から議決権の多く保有する株主順に氏名などを記載します。



登記に必要な書類のことはなんとなくわかりました。
登記はいつまでに申請すればよいですか?



出資金の払込期日を決めた場合は払込期日から2週間以内、払込期間を決めた場合は払込期間の末日から2週間以内です。



株式発行の手続きの全体的な流れはなんとなくわかってきました。
投資家にも伝えます。



はい。
お願いします。
参考書籍
『ベンチャー企業の法務AtoZ』後藤勝也・林賢治・雨宮美季・増渕勇一郎・池田宣大・長尾卓(編集)|中央経済社
『事例で学ぶ会社法実務〈全訂第2版〉』金子登志雄・立花宏・幸先裕明(著)東京司法書士協同組合 (編集)|中央経済社