香川県高松市の司法書士 川井事務所です。
役員選任権付種類株式とは、取締役または監査役を選任する権利を有する種類株式のことです。
指名委員会等設置会社を除く非公開会社で発行することができる種類株式です。
今回は、役員選任権付種類株式の特徴や問題点、ケース別の利用法(ベンチャー投資・合弁会社設立)などについて取り上げます。
役員選任権付種類株式とは(特徴や問題点)
会社法では、一定の事項について、権利内容の異なる株式の発行が認められており、それらの株式のことを種類株式といいます。
具体的には以下の9つの内容が定められています。
- 剰余金の配当
- 残余財産の分配
- 議決権の制限
- 譲渡による取得の制限
- 取得請求権
- 取得条項
- 全部取得条項
- 拒否権
- 役員選任権
役員選任権付種類株式の特徴
役員選任権付種類株式とは、その種類株式のうちの1つで、取締役または監査役を選任する権利を有する種類株式です。
公開会社と指名委員会等設置会社では役員選任権付種類株式を発行することができません。
この種類株式が発行された場合、取締役・監査役「全員」の選任が、各種類の種類株主総会で行われることになり、全体の株主総会では行われないので注意が必要です(会社法第347条)。
このことを誤解している人がいるのではないでしょうか。
事例でみていきましょう。
事例
取締役ABC、普通株式のみ発行していた株式会社が、投資家に対して新たにA種種類株式を発行しました。
A種種類株式の内容として「A種種類株式を有する株主(以下「A種種類株主」という)を構成員とする種類株主総会(以下「A種種類株主総会」という)において、取締役1名を選任する。」という規定を定めました。
この場合において、通常の定時株主総会で取締役ABCを再任し、A種種類株主総会で新任の取締役Dを選任する、ということは認められません。
つまり、たとえば、次のような種類株式の内容にする必要があります。
- A種種類株式を有する株主(以下「A種種類株主」という)を構成員とする種類株主総会(以下「A種種類株主総会」という)において、取締役1名を選任する。
- 普通株式を有する株主及びA種類株主は、合同種類株主総会において、定款●条に定める取締役の定数からA種種類株主総会において選任された取締役除いた数の取締役を選任する権利を有する。
上記のような定めをした上で、さきほどの例でいうと、A種種類株主総会で取締役Dを選任し、普通株主及びA種種類株主による合同種類株主総会でABCを再任することになります。
なお、合同種類株主総会も認められています(会社法第108条第2項第9号ロ)。
さらに、投資家による派遣ではない会社サイドで新たに取締役Eを選任する場合は、普通株主及びA種種類株主による合同種類株主総会によることとなります。
問題点
ここまでみてきたように、役員選任権付種類株式を発行した場合、取締役・監査役「全員」を各種類の種類株主総会で選任する必要があり、非常にわかりづらく、手続きが煩雑になります。
定時株主総会で役員の任期が満了したときは、定時株主総会と種類株主総会の両方を開催する必要があります。
ところで、定時株主総会と役員を選任する種類株主総会のどちらを先に開催すべきでしょうか。
定時株主総会では、株主は、取締役から対象事業年度の事業の報告を受け、計算書類を承認することになります。
株主が、事業報告や計算書類により取締役の経営成績を確認して、取締役を再任するかどうか、増員するかなどの判断をするというのが、正しい流れだと考えられます。
定時株主総会終結時に取締役・監査役の任期が満了し、種類株主総会が開催されて選任されるまでわずかな空白の時間が生まれますが、それは仕方ないでしょう。
ケース別の利用法
この種類株式の規定の趣旨としては、株主総会における議決権の比率に関係なく少数派の株主も種類株主総会で取締役を選任することができるようにするためのものです。
実務上は、ベンチャー企業に対してベンチャーキャピタルが出資する際に取締役を送り込む場合や、合弁会社の設立時に各出資者から送り込むことができる取締役の数を取り決めたりする場合に検討されることになります。
ベンチャー投資の場合
ベンチャー投資では、基本的に投資家は投資先の経営権を握りたいわけではなく、少数株主としてとどまることが通常です。
投資先会社の経営者が株式の過半数を保有していることがほとんどでしょう。
そのため、投資家は投資実行後の会社の意思決定において不利な立場にあり、何らかの手当てがなければ、投資家は経営者の決定に対して歯止めをかけることができません。
このような理由から、一定規模の金額となる資金調達ラウンドのリード投資家には取締役指名権が付与されることがあります。
しかし、実務においては、種類株主総会決議の手続き的な負担などの観点から、役員選任権付種類株式を発行するという形ではなく、株主間契約上の合意として、取締役指名権が定められるのが一般的かと思われます。
また、取締役指名権を有しない投資家などに取締役会へのオブザーバー派遣を認める旨の規定が株主間契約に定められることもあります。
合弁会社設立の場合
合弁事業とは、複数の当事者が、技術・ノウハウ・資金など、それぞれの強みを持ち寄って、共同で新規の事業をすることをいいます。
それぞれの強みを生かせるだけでなく、リスクの高い事業であれば、リスクをシェアするために共同事業にすることもあります。
合弁会社は相手があってはじめて成立するものであるため、合弁事業の仕組みをどのように設計するか、経営や運営をどのように行うかなどについて、前もって他の当事者と協議して合意しておくことが重要となります。
つまり、合弁契約を締結しておく必要があるということです。
合弁会社が株式会社である場合、出資比率が少数派となる当事者は、多数派当事者により合弁会社の経営が支配され、それなりに金銭を出資しているものの経営に関与することができなくなるおそれがあります。
また、非公開会社であれば株式の流動性がなく、少数株主は、簡単に株式を売却して事業から離脱することも困難になります。
この点、経営にそれほど関与することのないベンチャー投資における投資家とは異なる点といえるでしょう。
ベンチャー投資とは異なるとはいえ、少数株主が自らが選任する取締役を合弁会社に派遣することが重要であることに変わりありません。
むしろ、ベンチャー投資よりも合弁会社の方が、少数株主が取締役・監査役の選任権限を確保したいという要請は強いかもしれません。
たとえば、出資比率がA60%・B40%の合弁会社において、合弁会社の取締役の定数を5名とします。
合弁当事者間で何も合意がなければ、多数派Aが取締役全員を選任することができ、少数派Bは1人も選任することができないことになります。
そこで、合弁契約において「Aは取締役を3名選任し、Bは取締役2名を選任する」などとして、取締役の選任権を分ける合意をすることが考えられます。
あわせて「解任に関する決定は、取締役を指名した当事者のみが行うことができる」などのように解任権についても規定しておかなければ、多数派Aの意向のみで少数派Bが選任した取締役を解任することが可能となってしまいます。
ところで、この合意を相手方が違反して議決権を行使した場合の効果ですが、当該決議を取り消すことはできるでしょうか。
このような議決権を拘束する合意は、当事者間において債権的効力を有するにとどまり、合意に違反する決議がされても、議決権の効力に影響はないとするの多数派の見解とされています。
そこで、取締役・監査役の選任に関する合意を担保するための制度設計のひとつとして、非公開会社であれば、役員選任権付種類株式の発行が検討されることになります。
種類株式は定款に定めることになりますので、定款の内容に違反する決議がされた場合は、明確に決議取消しの対象となります(会社法第831条第1項)。
つまり、合弁契約による合意が債権的効力しかなかったのに対して、より強い効果が期待されるといえます。
ところが、実務上は、やはり種類株式を発行する手続きや種類株主総会の開催が必要となることから、役員選任権付種類株式を発行することは、それほど一般的ではないようです。
参考書籍
『募集株式と種類株式の実務【第2版】』金子登志雄・富田太郎(著)|中央経済社
『種類株式ハンドブック』太田洋・松尾拓也(編集)|商事法務
『ジョイント・ベンチャー契約の実務と理論【新訂版】』金丸和弘・棚橋元・奈良輝久・清水建成・日下部真治(著・編集)|きんざい
『会社・株主間契約の理論と実務: 合弁事業・資本提携・スタートアップ投資』田中亘・森・濱田松本法律事務所(編集)|有斐閣
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