特定の株主との合意による自己株式取得の際の売主追加請求権排除の定款の定め

香川県高松市の司法書士 川井事務所です。

株式会社が特定の株主との合意により自己株式を取得するには、株主総会の決議が必要です。

その際に、原則として、特定の株主以外の株主は、自己を当該特定の株主に追加することを請求(売主追加請求)することができ、その場合、株式会社は請求をした株主からも株式を取得しなければなりません。

この自己を特定の株主に追加することの請求について、他の株主がその請求をすることができなくなる例外がいくつかあります。

その例外の一つが、定款に他の株主が自己を特定の株主に追加することを請求することができないと定めた場合です。

今回は、株式会社の自己株式の取得について、特定の株主からの自己株式取得の手続きの流れ、特定の株主からの自己株式取得と財源規制、定款に売主追加請求権排除の定めを置くべきかについて取り上げます。

目次

株式会社の自己株式の取得

株式会社の根本的なルールの一つに、会社は株主から出資を受けた財産を返済する義務がないというものがあります。

その代わりに、株主は原則として株式を自由に譲渡する権利が与えられており、それにより投下した資本を回収することができますし、第三者が新たに経営に参加することを可能としています(現実にはほとんどの会社が株式の譲渡制限をしていますが)。

そのルールを前提とすると、会社が株主から株式を取得するというのは、かなり例外的な行為であると考えられます。

会社による自己株式の取得は、出資の払戻しとなり会社の財産が流出することなる、株主間の平等に反することになるなどの理由により旧商法時代から厳しく制約されてきました。

会社法では株式会社が自己株式を取得し得る場合として第155条(+会社法施行規則第27条)に限定列挙されています。

そのうち株主との合意による取得が認められており、今回はその株主との合意による取得を取り上げます。

株主との合意による自己株式の取得

株主との合意による自己株式の取得の手続きは、次の3種類があります。

  1. 株主全員に譲渡しの申込みの機会を与えてする方法(会社法第156~159条)
  2. 特定の株主からの取得(第160条)
  3. 市場取引等による株式の取得(会社法第165条・金融商品取引法)

特定の株主からの取得

今回は特定の株主からの取得について取り上げます。

特定の株主との合意により自己株式を取得する場合には、原則として、他の株主に自己を当該特定の株主に追加することを請求(以下「売主追加請求」)することが認められています。

ただし、例外として、次の場合には売主追加請求権を排除することができます。

  1. 市場価格以下での取得(会社法第161条)
  2. 相続人等からの取得(第162条)
  3. 子会社からの取得(第163条)
  4. 定款の定めによる売主追加請求権の排除(第164条)

④について、株式の発行後に定款を変更して売主追加請求権の排除の定めを置く場合は、その株式を有する株主全員の同意が必要となります(第164条第2項)。

定款の記載例としては次のようになります。

(特定の株主との合意による自己株式の取得)
第〇条 当会社は株主総会の決議によって特定の株主との合意によりその有する株式の全部又は一部を取得することができる。
2 前項の場合、当会社は会社法第160条第2項及び同条第3項の規定を適用しないものとする。

特定の株主からの自己株式取得の手続きの流れ

特定の株主からの自己株式の取得について、原則的なスケジュールの一例は、次のようになります。

非公開会社・取締役会を設置していない会社で、株主総会招集通知発送期限を3日前までとしている場合

株主総会の招集通知、売主追加請求の通知発送・到達

株主総会の1週間前まで

株主総会の招集通知と売主追加請求の通知については下表のとおりです(会社法施行規則第28条)。

売主追加請求

株主総会の3日前まで

売主追加請求の期限については下表のとおりです(同規則第29条)。

株主総会決議

株主総会の特別決議により取得する株式の数等を決定します。

※売主となる特定の株主は、この株主総会で議決権を行使することができません。

取得価格等の決定

取締役会設置会社は取締役会で、取締役会を設置していない会社は取締役の過半数の決定により取得価格や株式の譲渡しの申込みの期日等を決定します。

株主への通知

特定の株主に対して決定事項を通知します。

株主からの譲渡しの申込み

売主となる特定の株主は、会社に対して申込期日までに申込みをする株式の数を明らかにして、株式の譲渡しの申込みをします。

申込期日・売買契約成立

会社は、申込期日に、特定の株主が申込みをした株式の譲受けを承諾したものとみなされ、株式の売買契約が成立したことになります。

株主名簿の記載

株主が変更になりますので、株主名簿の記載を変更する必要があります。

株主総会招集通知発送期限売主追加請求の通知発送期限
株主総会の日の2週間前(原則)株主総会の日の2週間前まで
株主総会の日の2週間を下回る1週間以上の期間前招集通知の発送期限まで
株主総会の日の1週間を下回る期間前株主総会の1週間前まで
株主総会招集手続を省略する場合株主総会の1週間前まで
売主追加請求の通知発送期限
売主追加請求の期限
招集通知発送期限が株主総会の日の2週間前(原則)5日前
招集通知発送期限が株主総会の日の2週間を下回る1週間以上の期間前3日前
招集通知発送期限が株主総会の日の1週間を下回る期間前3日前
定款で3日を下回る期間を定めた場合定款で定めた日
売主追加請求の期限

原則としては、以上のような流れとなり、定款の定めにより売主追加請求権の排除がされているなどの例外の場合は、その点を考慮する必要はありません。

特定の株主からの自己株式取得と財源規制

株主から有償で自己株式を取得する場合は、財源規制の対象となります。

つまり、自己株式を取得するためには分配可能額が必要ということになります。

分配可能額の計算はかなり複雑ですが、ごく簡潔に表すと、およそ次のようなものになります。

分配可能額=剰余金-自己株式(簿価)
※自己株式の処分があった場合を除き、現時点での剰余金の額・自己株式簿価

また、そもそも純資産額が300万円を下回る場合は、分配可能額が0円未満となり、有償での自己株式の取得をすべきでないということになります(会社計算規則第158条第6号参照)。

定款に売主追加請求権の排除の定めを置くべきか

たとえば、複数人の創業者で共同創業した場合や、外部株主からの出資後などに、メンバーの一人が会社を離れることになったときに自己株式の取得を検討することになります。

そもそも複数人で共同創業する場合には、早い段階で創業株主間契約を締結しておいて、メンバーが離脱する際には、当該創業株主間契約の内容に従い処理することが望ましいでしょう。

創業株主間契約とは、主に、創業者間で、誰かが退任したときに、残った創業者が退任者が保有していた株式を買い取る旨を定めておく契約のことです。

詳細はこちらをご参照ください。

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万が一、何らかの理由で、残った創業者による買取りができず、会社が退任者が保有していた株式を買い取る必要が生じたときに、定款に売主追加請求権排除の規定がなければ、退任者以外の株主にも売主追加請求の機会を与えなければなりません。

もしかしたら、出資してみたものの、撤退を考えている投資家がいないとも限りません。

そのような事態に備えるために、定款に売主追加請求権排除の規定を設けておくことが望ましいと考えられます。

すでに書いたとおり、株式の発行後に定款を変更して売主追加請求権の排除の定めを置く場合は、その株式を有する株主全員の同意が必要となりますので、会社設立当初から定款に当該定めがあったほうがよいかもしれません。

参考書籍

『会社法実務スケジュール〔第3版〕』橋本副孝・吾妻望・菊池祐司・笠浩久・中山雄太郎・高橋均(著)|新日本法規出版

『第4版 会社法定款事例集』田村洋三(監修)土井万二・内藤卓・尾方宏行(編集)|日本加除出版

『会社法コンメンタール 4 株式 2』山下友信(編集)|商事法務

『論点解説新・会社法―千問の道標』相澤哲(編集)|商事法務

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この記事を書いた人

愛媛県四国中央市出身
早稲田大学政治経済学部卒業

平成28年司法書士試験合格
平成29年から約3年間、東京都内司法書士法人に勤務
不動産登記や会社・法人登記の分野で幅広く実務経験を積む

令和2年から香川県高松市にて開業
地元四国で超高齢社会の到来による社会的課題への取組みや地方経済の発展のために尽力している

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