相続人等に対する株式の売渡請求に関する定款の定め

香川県高松市の司法書士 川井事務所です。

譲渡制限株式に限り、相続等一般承継により株式の取得があった場合に、当該株式を取得した者に対し、当該株式を会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができます。

今回は、相続人等に対する株式の売渡請求の手続きの流れ、定款に定めを置くべきかどうかについて取り上げます。

目次

相続人等に対する株式の売渡請求の手続きの流れ

相続人等が相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した場合、株式会社が当該株式を取得した相続人等から当該株式を取得する方法としては、次の2つが挙げられます。

  1. 株式会社が当該相続人等との間の合意により任意に取得する方法(会社法第160条)
  2. 相続人等に対して定款の定めに基づき売渡請求権を行使する方法(第174条)

①の方法は会社と相続人等との合意によるものですが、②の方法は会社が相続人等から強制的に株式を取得することになります。

つまり②の方法による場合は、適法な売渡請求を受けた相続人等は、株式の売渡しを拒否することができません。

相続人等に対する株式の売渡請求の手続きの流れは次のようになります。

譲渡制限株式であること(第174条)

発行する一部の種類の株式が譲渡制限株式の公開会社であっても、当該定款の定めを置くことができます。

定款に定めがあること(同条)

たとえば、「当会社は、相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。」などと定めます。

株主総会の特別決議(第309条第2項第3号)

株主総会の特別決議によって、次に掲げる事項を定めます(第175条第1項)。

  1. 売渡請求をする株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)
  2. 請求対象となる株式を有する者の氏名または名称

請求対象となる株式を有する者、つまり相続人等は、この株主総会で議決権を行使することができません(同条第2項)。

売渡しの請求

会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から一年以内に請求する必要があります(第176条第1項)。

売買価格の決定

売買価格は、会社と相続人等との協議によって定めます(第177条第1項) あるいは、会社と相続人等は、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをすることができます。

財源規制に反していないこと(第461条第1項第5号)

財源規制については下記をご参照ください。

相続人等に対する株式の売渡請求の定めについての問題点

この定款の規定は割とよく見かける印象があります。

制度の趣旨としては、相続等一般承継による株式の取得があった場合に、株式会社にとって好ましくない者が新たな株主となることを防ぐため、ということになります。

人によっては必ず入れるようにしましょうと主張していたりします。

しかし、この規定を置くかどうかは、この規定のリスクを考えたうえで、慎重になるべきでしょう。

以下、いくつか論点をみていきます。

少数株主が大株主の相続人に対して株式売渡請求を行う可能性

定款に相続人等に対する売渡しの請求に関する定めがあり、実際に相続が発生した場合について、会社のオーナーともいえる支配株主と支配株主以外の少数株主のそれぞれの視点で考えていきたいと思います。

事例

株主構成

株主株式数備考
北条義時60株(支配株主)
義時の妻八重10株
三浦義村30株(少数株主)
発行済株式100株
株主構成

※定款に相続人等に対する売渡しの請求に関する定めあり

上記株主構成の株式会社で、少数株主である三浦義村に相続が発生した場合、会社は、三浦義村の相続株主に対して売渡請求をすることにより、三浦義村が保有していた株式を取得することができます。

一方、支配株主である北条義時に相続が発生した場合、少数株主である三浦義村が売渡請求の規定を利用することができます。

この場合において、八重が義時の株式60株をすべて相続したとします。

八重に対して売渡請求が行使されたときは、義時から相続した60株だけではなく、八重がもともと保有していた10株についても、売渡請求の可否を決議する株主総会で議決権を行使することができません(会社法第175条第2項)。

つまり、売渡請求の可否を決議する株主総会で議決権を行使することができるのは、三浦義村のみということになります。

結果、当該議案は可決され、北条義時が保有していた60株は会社が取得します。

三浦義村は30株、八重は10株保有しているわけですから、会社の支配権は北条家から三浦家に移ってしまうことになります。

このように定款に相続人等に対する売渡しの請求に関する定めがある場合、少数株主による支配株主の相続人に対する株式売渡請求を可能にするおそれがあります。

相続人等に対する売渡請求による自己株式取得と財源規制

ほとんどの会社で、大量の株式を買い取ることができる分配可能額(第461条参照)がないなどの理由から、定款に相続人等に対する売渡しの請求に関する定めがあっても心配いらないという意見もあります(72ページ)。

分配可能額の計算はかなり複雑ですが、ごく簡潔に表すと、およそ次のようなものになります。

分配可能額=剰余金-自己株式(簿価)
※自己株式の処分があった場合を除き、現時点での剰余金の額・自己株式簿価

 なお、財源規制に違反して相続人等に対する売渡請求に基づき株式会社が相続人等から譲渡制限株式を取得した場合、取得の対価の交付を受けた当該相続人等及び当該行為に関する職務を行った業務執行者は、当該株式会社に対し、連帯して、取得対価の交付を受けた相続人等が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負います(会社法462条1項)。

たしかに、財源規制の問題により、少数派株主による会社乗っ取りが円滑に進むとは思えません。

しかし、売渡請求の制度が支配株主の意図に反して濫用的に利用され、会社の内紛の元となる危険性がないとはいえません。

相続人等に対する売渡請求に関する定めの設定時期

会社法上、相続人等に対する売渡しの請求に関する定めの設定時期についての制限はなく、株主の相続発生を知った後でも当該定めを設定することができると解されています(162ページ)。

つまり、特別決議を成立させるに足りる持株を有する支配株主の立場では、少数株主に相続が発生してから、定款に相続人等に対する売渡しの請求に関する定めを置くかどうかを検討すれば十分なのではないかということです。

ただし、これには反対説もあります。

理由としては、「相続等の発生後に定款変更決議を行う場合には、いったん株主となった者を会社から締め出すものであって、総会決議の趣旨が相続発生前になされる場合とは異なる。合併によって株主となった者や遺産分割によって株主となった者にとっても、株式取得後の定款変更の新設は不意打ちになりかねない」というものです(会社法コンメンタール 4 株式 2・121ページ)。

たしかに、反対説にも一理あると考えられ、相続その他の一般承継発生前に、当該定めを設定しておくのが無難なのかもしれません。

相続人等に対する株式の売渡請求の定めを設定した方がよいかもしれないケース

相続人等に対する株式の売渡請求の定めを設定するかどうか悩ましいところですが、あらかじめ株主が増えていくことがわかっている会社であれば、設定した方がよいかもしれません。

あらかじめ株主が増えていくことがわかっているケースとは具体的に次のようなものがあります。

「遺留分対策」や「相続税対策」で株式を分散化する場合

詳細は長くなるので省きますが、遺留分対策や相続税対策で株式を分散化することがあります。

分散する相手はもちろん安定株主としての役割が期待されますが、株式を分散する時点では友好な関係であっても、その後どうなるかはわかりません。

また、個人株主の場合、相続により会社とは全く関係がない相続人に株式が分散する可能性もあります。

その問題の事前対策の一つとして、相続人等に対する株式売渡請求の定めを設定しておくことが考えられます。

株式を使った資金調達が予定されているスタートアップ

株式を発行して投資家から資金調達をしながら急成長を目指すスタートアップもある程度株主が増えることが予定されています。

創業者やエンジェル投資家などの個人株主に相続が発生した場合、会社とは全く関係がない相続人に株式が分散する可能性があります。

基本的には(創業)株主間契約で、株主が離脱する場合、株主に相続があった場合の株式の取扱いについて定めておいて処理すべきだと考えます。

一方で、そのような契約を締結しなかった場合などに備えて、相続人等に対する株式売渡請求の定めを設定しておいた方がよいかもしれません。

なお、創業株主間契約についての詳細はこちらの記事をご参照ください。

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参考書籍

『事例で学ぶ会社法実務〈全訂第2版〉』金子登志雄・立花宏・幸先裕明(著)東京司法書士協同組合 (編集)|中央経済社

『論点解説 新・会社法-千問の道標』相澤哲・郡谷大輔・葉玉匡美(著)|商事法務

『第4版 会社法定款事例集』田村洋三(監修)土井万二・内藤卓・尾方宏行(編集)|日本加除出版

『Q&A会社法の実務論点20講』相澤哲・清水毅・小松岳志・澁谷亮・松本真(著)|金融財政事情研究会

『非上場株式取引の法務・税務〔相続・事業承継編〕』小山浩・間所光洋・ 髙橋悠・飯島隆博・末長祐・山岡孝太(著)|税務経理協会

『会社法コンメンタール4株式2』山下友信(編集)|商事法務

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この記事を書いた人

愛媛県四国中央市出身
早稲田大学政治経済学部卒業

平成28年司法書士試験合格
平成29年から約3年間、東京都内司法書士法人に勤務
不動産登記や会社・法人登記の分野で幅広く実務経験を積む

令和2年から香川県高松市にて開業
地元四国で超高齢社会の到来による社会的課題への取組みや地方経済の発展のために尽力している

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